びっくりトルコ大周遊10日間 12月11日羽田からドーハまで

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 9月の頃である。新聞の広告に「びっくりトルコ大周遊10日間」なるものでが出ていた。トルコは治安が悪いというと思うのが普通の日本人の感覚であろう。でも私は強権のエルドアン大統領が政権を握っているので、逆に不安を感じなくてすむと思っていた。直前にクーデターを先導したという疑いで拘束していた米国籍のイスラム教神父を解放し、サウジアラビアの記者在トルコサウジアラビア大使館内殺害事件でアメリカを支援するように犯人追求に尽力していたので、対米関係は好転の兆しを示していた。先に述べた米国籍の神父の拘束で対米関係が悪化し、トルコリラは対円で40円から17円くらいまで急落していた。こういう背景で「びっくりトルコ大周遊10日間」10万円という新聞の広告を見たのだ。おまけに食事が毎食付いている。治安問題なし。リラ急落。おまけに10万円の格安旅行代金。日本から添乗員が同行しない点は乗り継ぎ便さえ無事にこなせば問題ない。チャンスは今でしょう、ということでネット経由でJTBに申し込んだのだった。

 12月12日午後11時56分、羽田国際空港から搭乗したカタール航空813便は、小雨の降る中離陸を開始した。そしてあっという間に水平飛行に移り、夜食が配られた。夕食はお肉を選んだが、添えられたポテト、煮込んだお豆、そせてデザートのヨーグルトといずれも美味しくて満足できるものだった。長旅とあって映画を2本見て眠りについた。

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 ドーハ時間午前4時半から朝食が配られた。寝起きにお酒を飲むこともあるまい。そう思ってオレンジジュースと鶏肉ナゲツトの入った料理をを注文した。これも美味しくてカタール航空のサービスの良さに大満足であった。

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 海を越えドーハ時間午前6時にドーハ空港に無事着陸。トランスファーの案内に従い長い廊下を歩いてセキュリティーチェックを受けた。ここではパスポートの提示は必要なく、ドゴール空港よりおおらかな気がした。

 セキュリティーチェックを通過すると大きな掲示板の前に進み、乗り継ぎ便のゲートを確認した。カタール243便はD20と出ていた。知らない空港なのでひげ剃りをする余裕はない。エレベーターを降り無人の電車に乗ってDゾーンへと進んだ。D20に着くと休む暇もなくバスに乗り込み、搭乗機へと向かった。

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 搭乗したQR243便の機内は、国際便より少し狭く所々に空席が見られた。そして離陸予定時刻の5分前には搭乗機が動き始めた。ドーハ時間午前7時15分アフターバーンの音とともに機体はふわっと浮かび上がった。左の窓からドーハの街並みが見える。ドバイかと思わせられるほどの高層のビル群が見られた。

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 だが海岸線付近を除き一面薄い褐色をした砂漠が広がっているだけだった。元々人の住める環境ではなさそうだ。オイルマネーによる経済で真水を作り潅漑する事によって、オアシスのような小さな町並みが点在する光景が作り出されているのだ。

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 左下に砂漠の島を見てしばらくすると砂漠の上に煙のたなびく光景が見えてきた。由井から上がる炎がちらちらと見える。煙は由井から吹き上げられるガスが燃えてできたものであろう。炎の風下に広がる灰色の黒煙。大気汚染が気になった。

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 クウェートあたりから砂漠の所々に畑が見られるようになってきた。イラクの方から水が流れてくるのであろうか。機内では朝食のサービスが始まった。ブロイラー状態が気になるが、鶏肉ソーセージを使ったスクランブルエッグを注文した。ドリンクはハイネカン。アルコール度数の低いハイネカンはソフトドリンクのような味に思えた。

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 搭乗機はイラク国内に入った。湾岸戦争で苦労された米軍将兵。その後復興支援で現地に派遣されたイラク人道復興支援活動に従事された人たちの気持ちに思いを馳せた。イラクに入ると西側の空に雲が見えるようになった。砂漠は延々と続いているのだが、徐々に雲がわき出し、雲が空一面を覆うようになってきた。下界は見通せないのだが、緑の平原が期待できそうな気がした。5時間あまりのフライトだ。空港到着後どんなびっくり旅が待っているのだろうか。期待に胸が膨らんでくる。

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