びっくりトルコ大周遊10日間 12月13日 アンカラからカッパドキアまで

      カッパドキアまでのバス旅(ガイドさんの思惑を載せて)


 みぞれの舞うアンカラは寒かった。だが、ホテルの暖房が効きすぎ汗をかき、のどが渇くので夜中に起きてバスタブにお湯を張って寝た。だが喧噪な繁華街のホテルだったのでときどき目覚めるのだった。朝起きると雪はやんでいた。12月13日0730、ホテルを出発し雪景色の中カッパドキアを目指してバスは出発した。

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 アンカラから約150キロ走ったところでボアズカレという小さな町に到着した。ここにはハトゥシャ遺跡がある。ハトゥシャ遺跡というのは、紀元前16世紀頃この地方を治めていたヒッタイト王国の首都の遺跡である。ここで、ライオンの門、別名獅子の門、エジプトのスフィンクスとは似ていないスフィンクスの門、王の門などを見学した。時代が時代なのでどの石像も素朴な感じだった。そして石を組み合わせて作られたトンネル、天井を岩でふさいだところが特色のように思えるが、に立ち入ることが許された。空から眺めると全容が分かるのだろうが、雪道をバスでこわごわ上っていてはゆっくりとは楽しめない。早々にヤズルカヤ遺跡に向かった。

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 ハトゥシャ遺跡の雪道を下ったバスはランチのお店に向かった。お店はシーズンオフでお休みなのだが、このツアーのために開店してくれたのだという。黒色のヒジャブを着用し黒服のドレスをまとったお母さんが料理を担当し、気のよさそうな大男の息子さんが給仕の役を担っていた。お店で頂いたスープはこのツアー1番の絶品だったが、写真を取り損ね惜しい気がしている。

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 食事を終えるとバスはヤズルカヤ遺跡を目指した。ヤズルカヤ遺跡までは10分とかからない距離だった。ヤズルカヤ遺跡は紀元前13世紀頃のヒッタイト帝国の祭祀の場所として使われていたらしい。大きな岩の間に彫刻が施されているが、風化に弱い岩石のためにかなり状態はよろしくなかった。寒さだけが記憶に残った場所となった。

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 昨年エジプトの遺跡を見学したことにもよるが、ヤズルカヤ遺跡は素朴で特筆するほどのものはないように思えた。それよりもバスの中でガイドのシェームスが話してくれた方が面白く参考になった。

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 トルコには徴兵制があります。第1次大戦直後の建国当時は、20歳になると4年半の兵役義務がありました。それが時代とともに短くなって今では大卒は半年、その他は1年となっています。若者が相手の娘さんの両親に結婚させてくださいというと、兵役は終わっていますか? もしそうでないのなら終わってからにしましょう。と言われるようです。軍隊に入ると身分の上下や育ちの上下は関係なくなります。厳しく鍛えられ一人前の男になるのです。

 第2次大戦後ドイツに280万人のトルコ人が移住していますが、その多くはトルコとドイツの国籍を保有しています。もちろんトルコ人には兵役の義務があるのですが、現在は150万円から160万円払えば兵役が免除されます。兵士は午前5時から午後9時まで忙しく厳しい勤務が課されます。爪を切っているか、ハンカチを持っているかmズボンの折り目はきちんと付いているか、など身だしなみもうるさいですよ。でも兵士には毎月7000円くらいの給料が支払われます。

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 昔1トルコリラは114円しました。それが今は23円にしかなりません。イラク戦争やシリアの内戦の影響で経済的に厳しくなり、税金がどんどん高くなっていきました。宝石には23%、金には80%、食品には8%、車には43%、というように高い税率で物品税がかかります。

 トルコの人口は8000万人です。日本人の平均年収は410万円くらいでしょうか? トルコ人の平均年収は、昔は130万円くらいありましたが、今は96万円くらいまで下がり経済的に厳しくなっています。

 ということでインバンド効果を狙ってトルコを訪れる人に対しては物品税を免除しています。またトルコ航空や友好国のカタール航空の飛行支援を行い世界中からお客を呼び寄せようとしています。今回の旅行代金はいくらか知りませんが、(10万円の声あり)、税金でお安くなるようになっていると思います。

 ということで、今回の破格の格安旅行が実現した背景がわかってきました。何せ10万円の旅行代でそれなりの食事とホテルが付いているのでこの先が心配になる。ガイドさんの話は、世界遺産に指定されているハトゥシャ遺跡やヤズルカヤ遺跡を見学するより勉強になった気がする。そう思っていると日本の「プロジェクトX」のビデオが車内に流された。

 1980年から1988年までイラクとイランの間で戦争がありました。フセインがテヘランを爆撃することを宣言しました。各国は自らの国民を自国の飛行機で次々と帰国させましたが、日本からの救援機は飛ばず、他国の飛行機は自国民優先だと言って日本人は搭乗させてもらえませんでした。困った現地日本大使館や邦人の会社関係者がトルコ政府に働きかけ、さらに個人的関係を利用してトルコの大統領まで直訴し、トルコの大統領命令でトルコ航空が支援に飛び立ってくれたのです。(個人的には日本人の不甲斐なさに腹が立ちました)これは日本とトルコの友好関係を思い出させるガイドさんの演出のようです。トルコは今困っています、ぜひ地方の女性たちが手作りしているトルコ絨毯を買ってやってください、ということのように思われた。さてこの伏線がどのように効果を表すのだろうか?

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 雪景色がいったん途切れて再び雪景色になると、石像が林立するカッパドキアの地域に入った。遠くに富士山のような山体をした3916mのエルジェス山が見えてきた。バスは見晴らしの良い場所に止まった。そこからの眺めは素晴らしかった。そしてアイスクリーム売りのパフォーマンスもすごかった。バニラアイスをどんどん引き延ばしていくのだ。背丈まで延ばせると聞いたが、1.2メートルは伸びたところで買う気を示した。バニラだけ買うつもりだったが、こちらの意見を聞くことなく違う5種類のアイスをどんどん重ねていって、はい、10リラ、と言うのだから、半ば押し売りに近い。パフォーマンスを見せてもらったので文句を言わず10リラ払って食べてみた。すると意外と美味しいのだ。一口だけ味見した後は連れ合いが全部食べてしまった。

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 ホテルに着く前に洞窟住居を案内してくれるという。階段を上がって中に入ると玄関があり、靴を脱いで上がるように指示された。洞窟住居というイメージから天井が低いものと想像していたが、思いの外天井は高かった。玄関の手前に別室があり、玄関を入ったところに台所があった。台所の右奥がリビング兼夫婦の寝室になっていた。床は岩盤らしく凸凹しており、それを覆うように絨毯が敷かれていた。

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 シェーマスさんは洞窟住居の家族を紹介と家の説明が終わると、床に敷いてある絨毯を次々とひっくり返し、絨毯の見分け方を披露した。良いものはダブルノットでできたもので目が詰まったもの。羊の毛の色を利用した生染めものがお奨めらしい。トルコ絨毯は、ホワイトハウスやバッキンガム宮殿にも採用されており品質は世界一で、古くなっても価値が下がらないので投資にも向いている、と品質の良さを印象づけた。主は見ている目の前で自分の家の絨毯の品定めをされているのだが、言葉が通じないことで不愉快にはならないらしい。むしろ絨毯の売り込みをしているシェームスさんに尊敬のまなざしを向けていた。

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 帰り際台所でここの主婦が布製の手作りのネックレスを、「一ちゅ、しぇんえん、一チュ、シェンエン」と声を張り上げた。すると数人の女性が土産用に買った。女房も2個くださいと申し出た。2個買っても千円だった。両替の単位が千円なのであろうか?

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 洞窟住居から出ると一路ホテルに向かった。今夜泊まるホテルの名前は、UCHISAR KAYA HOTELという。洞窟ホテルとは名ばかりで、崖に立っているホテルだった。でも廊下とか部屋の壁は石造りになっていて洞窟住居を思わせるしつらえになっていた。居心地の良い部屋から谷を挟んで向こう側に本物の洞窟住居が見える。これもトルコの税金のお陰なのだろうか? またまた先が不安になってくる。

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 午後6時15分から始まった夕食はバイキングだった。品数は豊富なのだが、お肉は鳥肉が主体でハムやベーコンはあったが牛肉や豚肉は見られなかった。野菜類に交じってサバの焼き物があった。味はまずまず。野菜サラダがたっぷりとあり、汁気の多い食べ物が多かったので大歓迎だ。

 晩酌にはシェームスさんのお勧めの高いワインを選んだ。と言ってもボトルで120リラ。アバウトに言えば1リラ25円換算で3000円になる。原価は1000円くらいのものであろう。お勧めの通り飲みやすいワインだった。

 午後9時過ぎに床についた直後、ド~ン、という音に飛び起きた。窓の外が明るいのでカーテンを開けてみれば花火のようだ。歓迎の花火? ホテルの演出? 急いでスマホで撮影するとこれがピンボケ。再度撮り直してみた。でもピンぼけは直らない。窓を確認すると濡れていた。翌朝、花火と部屋の暖房が効かないことが話題になった。





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