びっくりトルコ大周遊10日間 12月16日 パムッカレからアイワルクまで

   トルコの名物は何でしょう


 朝起きると雨が降っていた。やはりスケジュールを前倒しして昨夕ヒエラポリスと石灰棚を見たシェームスさんの判断は正解だった。バスは0700ルーカスリバーホテルを出発した。バスの中でシェームスさんの話が始まった。

「2車線の道路の最高速度は88キロになっています。高速道路は120キロです。あそこに見える飛行場は大統領専用の飛行場でした。どうかと思いますね。

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 あるツアーでイラクとの国境付近に行きました。皆国境を見てみたいんですね。あるお客さんが間違って国境線を越えてしまいました。それで警備の警官に、チップをあげるので許して欲しい、とお願いしました。するとそれは賄賂に当たるから警察署に出頭せよと私に命じました。ツアーの途中なのでお客さんを放ってはいけない、と断ったのですが許してくれません。困ってしまい、今のは冗談だと言ったのですが、ますます相手を怒らすことになりました。結局お客さんたちの前で頭を下げさせられ、間違った行為をしたことをお詫びさせられてしまいました。今お話ししたように、トルコは法律で賄賂が厳しく取り締まりされるようになっています。

 さて、シリアとトルコは昔は兄弟のような関係でした。シリアにはトルコ人、クルド人などが住んでいます。2011年に内戦が発生し、600万人を超える難民がトルコに流入しました(2011年チュニジアで起きたジャスミン革命の余波)。難民のうちインテリに属する人々はトルコ経由でヨーロッパに移動しました。残った人々が今でもトルコに滞在しているのです。トルコ人の90%はシリア人には国に戻って欲しいと願っています。トルコはシリア国境に933キロメートル(トルコの住宅開発機構(TOKI)によると防護壁の総延長は711キロメートル、完成時は911キロに及ぶという)の壁を作っています。アメリカが反政府勢力を、ロシア、中国、イランがアサド政権を支援しています。防護壁は過激派組織ISILによるテロの頻発により難民がトルコに流入するのをストップさせるのが目的と思ってください。トルコに流入した難民には政府が温かい支援をしていますが、難民がレストランで支払いするとき、代金をトルコ政府に要求しろ、というわがままな行動に出る者がいて国民は困っているし怒ってもいます。

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 2016年7月15日にトルコ国内でクーデターが発生しました。トルコ政府は7500人あまりの軍人を拘束しました。首謀者がアメリカにいるイスラム教の指導者と指摘してから対米関係が悪化しています。隣国のトルコではクルド人の問題があります。クルド人が住んでいる場所から石油が出ます。でもクルド人はイラク経由での輸出ができません。ということでトルコの石油パイプライン950キロ経由で輸出しています。もちろんトルコには手数料が入るようになっています。

 トルコの周辺国との関係ですが、イラクとはイラクのアバディ首相がシーア派で、トルコの大統領がスンニ派なので良くなることはないでしょう。イランのイランイスラム共和国大統領はシーア派ですがトルコとの関係は悪くはありません。東側のアルメニアとトルコの関係は良くないですね。
 
 さてトルコの名物は何でしょう? 前にお話ししたのを覚えていますか? はい、そうです。一つは絨毯で、一つは革製品ですね。今日は革製品についてお話しすると思ってください。トルコの革製品はイタリアなどに輸出され有名ブランド品となって売られています。革製品の中では子羊の皮が特に軽くて柔らかいので喜ばれます。これから革製品のジャケットなどを作っている工場にご案内します。ここのトイレは無料なので出発する前には行くと思って頂いてよろしくお願いします」


 バスは平屋の建物の前に停まった。どうやらトルコで一番大きなレザーショップだと言われる「キルシール イズミル」のようだ。

 アマゾネスのような美人で背丈のある従業員が出迎えてくれた。そして遮光され天井の高いホールに案内された。
ホールの天井からダウンライトが中央にある幅3メートルくらいのステージを煌々と照らしている。入り口から見てホールの左手が舞台の袖になっている。クッションの良いゆったりした椅子が舞台をU字型に取り囲んでいた。好きなところに座るように促され、座るとチャイが提供された。

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 チャイを飲んでいる間にツアー客の中から男女各1名が指名され、モデルとなって出演するように依頼された。もちろんドキドキしている私には目もくれない。ガイドの手配で買いそうな人が選ばれたような気がした。

 テンポの良い音楽が聞こえてきた。時間を置かずに背の高い美形の男性モデル、次いで背の高い女性のモデルが皮のジャケット身にまとい颯爽とステージを歩き出した。軽やかな音楽にのってアマゾネスならぬスレンダーな美人モデルが、高いハイヒールから長い足がするりとのび、細い腰から上は目立つ膨らみのない姿で、目の前を颯爽と歩いてくる。老体ながらわくわくしてくる。

 アマゾネスは歩いている途中ちょっとこちらに振り向いてハッとさせ、後ろに向きを変えてがっかりさせ、さらにステージの先へと高いハイヒールの足音を心地よく残しながら歩いて行く。そして舞台の端で停まるやいなや着ている革製品のジャケットを風に舞わせるように軽やかに脱いで見せるのだ。革製品の軽さと着心地の良さが伝わってくる。

 彫りの深い細面の美人を見て胸は高鳴るのだが、写真を撮っていいものか躊躇しシャッターチャンスを逃してしまった。残念な思いが下腹部から突き上げてくる。よし、ここはスマホで、とそれとなくスマホで撮影を試みた。それも遠慮がちに、だ。撮った写真を見るとシャッター速度が遅くなっているので映像が流れてしまっている。一眼レフで撮りたいがケースから出すのがはばかられた。

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 ファッションショーが終わると製品の並んでいるショールームに通された。またもや一組ごとに日本語のできる売り子が配置された。我が家の担当は中年の男性社員だった。どの色がお好きですか? これはいかがですか? サイズはもっと大きい方がいいですか? 袖の長さはこの工場ですぐに調整できますよ。お値段は正札から2割引です。いつもは下に出ている価格なのですが、シーズンオフにお越し頂きご協力して頂けるということで、割り引いた価格が値札の上に出ています。そこからさらに2割引かせて頂きます。最初の売値からすると4割引近く値下げになるようだ。こちらのジャケットはいかがですか? あちらのジャケットの色はお好きではないですか? と、どんどん迫ってくるのだ。

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 やむを得ず一応試着してみた。軽いのは間違いない。自分が持っている7万円で買った牛製品とは段違いだ。ジャケットの袖に腕を通してみた。するとモデルさんが見せてくれたようにスルッとはいかない。肩幅があるせいか引っかかる印象が残った。担当者がすぐにワンサイズ大きなジャケットを持ってきてくれた。着てみるとまあまあの気がした。だが20数万円するジャケットをどこで着ることになるのだろうか? 着るチャンスがあるのだろうか? そう思うと良い品であっても戸惑うばかりだ。トルコに協力したくとも不要品を買い込むわけには行かない。なかなか買う気にはなれないでいた。私の戸惑いを無視するように入れ替わり立ち替わり買うように迫られた。何度も試着しては断り続けた。心苦しさは増すばかりだ。

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 少しすると買う気のない人々がお店の一隅に群がるようになった。我々夫婦も遅ればせながらそのグループに仲間入りした。お店の奥の方では買う気のある人たちが商談を進めていた。その中にSさんの奥さんの姿が見えた。ご自分と娘さんのために商談を進めているらしい。バスの中で気がついたのだが、N姉妹のお姉さんがすてきな撥水性能のあるジャケットを着ていた。後で聞いた話ではKさんの奥さんも革のコートを買ったらしい。それなりに皆さんがトルコの支援に貢献してくれていた。10万円のツアーに参加する年金生活者って結構リッチなんだと思った。

 買った革製品は小さな手提げ袋に入れられて手渡された。小さくたためるのが子羊の皮の良いところでもある。出国するとき工場の営業員が物品税の手続きをしてくれるという。工場で店頭割引した物品税を工場側が空港で取り戻しているように思われたが、工場側がやってくれるので買った人の負担は少ない。

 モダンで、洗練されていて、見るからに高級品だと分かるのだが、ブランド力があるわけではない。個人的には、もう少し使い勝手の良い製品にしてくれれば喜んで買えたかもしれないが、と残念な気持ちで思うのだった。
 


   エフェソス遺跡の観光

 1100、アマゾネスと握手できなかった残念な思いを引きずりながらバスに乗車し、本来の観光コースになるエフェソス遺跡に向かった。

 エフェソスの遺跡は世界遺産に登録された古代都市になる。エフェソスの歴史は古く紀元前2世紀より以前に存在し、紀元前2世紀にローマの支配下に入り、小アジアの西半分を占めるアジア属州の首府となっていた。

 エフェソスはかって海岸線付近にあったらしい。それが長い年月の間に近くの山から土砂が流れ込み海岸線が後退し、今は平野の中の小高い丘となっていて海の交易で栄えた町の面影はない。まさに遺跡なのだ。

 バスは駐車場に停車した。バスの外は小雨だった。この日に限って傘とレイン用のウィンドウブレーカーをスーツケースにしまっていた。女房の小さな折りたたみ傘に身を委ねるようにして見学路を歩み続けた。

 最初に見えるのは単なる石のブロックで作られた住居跡だ。通路の右手に屋根の部分を失いがれき然となった大理石の柱や住居跡。それにお店の跡が続いている。

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 所々に水道に使われた焼き物の給水管が見られる。基本とする形状は今と大差ない。葉っぱのないイチジクの木に実がなっているのが目に付いた。原種に近いのか小さな実が印象的だった。

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 右手に「バリウスの浴場跡」が見えてきた。俗に言われるローマ風呂になる。トルコ風呂ではありませんよ。ここでは熱水、温泉、それに水が使われていたとか。

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 さらに進むと柱が林立する住居跡が見えてきて遺跡らしい姿になってきた。ヘラクレスの門から下は少し急な下り坂になっていた。このため車輪や人が滑らないように大理石の道路版に細かく穴が施されていた。人間の知恵は恐ろしい。

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 間もなく「ハドリアヌス神殿」が見えてきた。大理石の門柱に施された細かい彫像が美しく見ものだ。神話に出てくるメデューサの彫り物が怖い印象を与える。

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 通路から右手の狭い場所に進んでいくと「公衆トイレ」になっていた。公衆トイレは石版に屎尿を流す20センチ大の穴が1メートルくらいの間隔で開けられており、穴の下は水路になっていて汚物が流れる仕組みになっている。まあ青空トイレよりはましで衛生的だが、ウンチングスタイルが通路から丸見えとなるところが難点だ。まあ西洋のトイレに間仕切りが登場したのが近年になってからのようだから、西洋人にとってはなじみ深い光景なのであろう。

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 行く先に大きな2階建ての建物が見えてきた。柱と後ろの壁だけになっているが、彫像の姿が見えるので大きな建物だったことが分かる。それが「ケルスス図書館」だという。図書館の蔵書が8万冊だったというのだから恐るべしだ。

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 図書館の向かい側は「娼婦の館」になっていた。図書館の真向かいに娼婦の館? 場違いな印象を受けたが、図書館から娼婦の館まで地下通路が設けられており、図書館に行くと言って出かけ、奥様に知られることなく娼婦たちと楽しめるようになっていたと聞いて納得した。昔の人の大らかさと気遣いが素晴らしい。娼婦の館に入って様子を見てみたかったが、連れ合い同伴なので好奇心をかみ殺し気遣いした。

 大理石で舗装された長い道を下っていくと左手にテラスのような場所があった。そこからかって海岸方が見えたはずなのだ。現在は海へとつながる道路が見えるのみとなっている。

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 そこから30メートルくらい下ると、道路の左端に足形を刻み込んだ石版が見えてきた。その意味するところは足形の左手に刻まれているハートマークは娼婦の館を意味し、右下に刻まれている四角形はお金がかかることを意味する。お金の上の顔の絵は大人しか入れないことを意味している。そして足形そのものは娼婦の館に行く向きを示しているというのだから面白い。楽しみを求める男たちへのおしゃれな看板に頭が下がった。

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 さらに100メートルくらい下ると右手に野外劇場が見えてきた。がれきのトンネルを通って中に入ると舞台は黒色の大理石になっていた。声を出してみた。というより、山彦でするように、あ~、うわ~、と大きな雄叫びをあげたのだ。すると声が反響して戻ってきた。マイクいらずの舞台作りになっていた。最近まで野外劇場として使われたようだが、一部の座席が崩落してきたので現在は使われていないらしい。

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 野外劇場の舞台の右袖にあるトンネルを通って外に出た。まっすぐに50メートルくらい歩くと右側の少し高くなった原っぱに石棺が10個くらい置かれていた。死者をこの石棺の中に入れて葬儀を行い、その後に土葬したのだという。これでエフェソス遺跡の見学は終了した。

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 一見の価値ある遺跡群であることは間違いない。歴史に造詣が深ければもっと楽しめるのであろう。だが今回はツアー故に時間が限られており物足りなさを残しながら、娼婦の館に未練を残しながら、アルテミスの神殿跡の見学に向かった。

 途中韓国のツアー客が乗るバスが韓国料理のお店の前に停まっていた。それを見てシェームスさんが、韓国人は韓国人が経営するお店しか使おうとしないので評判がよくありません、と紹介した。中国人はうるさく、韓国人は同じ髪型をしている、と評判が良くないのだ。

 アルテミス神殿とエフェソス遺跡は近い距離にあった。元々アルテミス神殿に参拝する信者がエフェソスに泊まったからであろうか。アルテミス神殿の跡地には円柱が一本寂しく立っているだけだった。

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 バスのそばでは雨の中ポストカード売りが、せんえん、せんえん、と声を張り上げていた。シェームスさんが、売れないのに彼は何年もああして売っているのです、と同情するように教えてくれた。こうしてエフェソス観光は終わった。

   絨毯、革製品、そしてトルコ石


 エフェソス遺跡とアルテミス神殿の見学が終わるとバスはトルコ石の専門店に向かって走り始めた。トルコ石なんて全く興味がない。でもツアーに入っているので行かざるを得ない。

 お店の前に着くと写真を撮る暇もなくお店の中へ。入って左奥で日本語の流ちょうな女性がトルコ石について説明を始めた。

 まずトルコ石を二つ並べ、どちらが本物でしょうか?とお客に問いかけた。左の石はエメラルドブルーでつるつるしている。右の石は少し青色が深くすべすべ感は劣っている。たぶん本物は右だろうと予測した。ツアー客の答えは半々だった。そして正解は右側だった。つかみは成功した。

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 トルコ石の価値は中に含まれる金属で決まるようで、金色や茶色の色が石の内部に含まれるのが上のクラスになるという。そんなのどうでも良い、と思っているのだが、お付き合い、お付き合い。

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 説明が終わるとまたもや日本語のできる販売員が近寄ってくる。ここの販売員は珍しく女性が中心で独学で日本語を覚えたという。女房がいるので販売員と話し込むわけにはいかず、ひたすら女房に合いそうなイヤリングを探してショーウィンドウをのぞいて歩いた。ピアスはあってもネジで取り付けできるイヤリングは見られない。女房はペンダントトップもいらないとつれない返事。

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 ということで革製品の売り場で懲りたのもあって、早々に買いたくないグループに紛れ込んだ。店内は回の字のように陳列棚が並んでいた。奥の陳列棚の前では噂のあの人がトルコ石の品定めをしている。もう一人商談に入っている人が見えた。買う人がだんだん決まっているようだが、思うほど伸びていない印象を受けた。

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 お店に立ち寄る時間は50分の予定だったが、早めに無料のトイレで用を足し宿に向かうことになった。この日の宿は、グランド テミゼル ホテルといい、ネットで調べると今の時期朝食付きで5千円程度とでていた。夕食が付くので7千円くらいにはなるのかもしれない。ホテルに着いてみると、ホテルは海辺に建っていてプールを備えたリゾートホテルだった。シーズン中は高い料金を支払わされるに違いない。

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 チェックインを済まし浜辺に出てみると、エーゲ海に水平線に夕日が吸い込まれる直前だった。黒い雲が夕日を塗りつぶすように覆っていた。雲間に薄れ消えゆく夕日に別れを告げ部屋に戻った。

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